三沢暁子は結婚したからといって、必ずしも幸福になるとは限らない……これが蓮池弘志との見合をためらわさせた。死んだ父恭介は有名な国文学者だったが、家庭的には冷い男だった。暁子はやがてする自分の結婚は、父母のようなものならしたくないと考えていた。ある日曜日、暁子は母吉枝の友人薄井常子の紹介で蓮池青年と見合をした。型通りの会合が終ると、蓮池は明日の約束をしてさっさと帰ってしまった。吉枝や常子はそんな蓮池を男性的と賞めるが、暁子は好意をもてなかった。翌日、暁子は蓮池と会わずに、幼友達の喜代をたずねた。そこにはミツも来ていた。三人は戦争中疎開した房州での仲良しだった。幸代は西島と結婚し、ミツも漁師の三次と結婚して、それぞれ幸せそうだった。その夜、暁子を待っていた蓮池は彼女を責めた。暁子は学生時代から父の友人の佐々木教授の手伝いをしていた。そこでわかった父は別人...
山口県警本部の岩佐忍刑事が突然辞職した理由を知っているのは、県警当局の限られた同僚だけだった。五年前、あるホテルで殺人事件が起きた。目撃者がいたが、意外にもそれは前日新婚旅行に出かけたばかりの岩佐の妹昌子と夫の望月だった。二人は犯人から「密告するとバラす」と脅迫され恐怖におののいていたが、岩佐は説得して証言させ、犯人である志田と浅見を逮捕した。だがそれ以来、不気味な男の影が妹夫婦を怯えさせ、妹の苦悩を見るたびに岩佐は心を痛めた。そして、浅見は本当にお礼参りをする気かも知れない。いや、必ず復讐するに違いないと思った。主犯志田の出獄が決まった日、岩佐は妹夫婦を守るため辞職願いを提出した。岩佐はその足で、妹夫婦が住んでいる徳山市の公団アパートに行った。一方、県警本部も志田の復讐を厳重に警戒し、アパートの監視や護衛に刑事を動員して万全を期していた。志田が...
京都に恋人の喬平をおいて、刺激の多い人生を求めて恵子は東京行の汽車に乗った。汽車の中で偶然席を向いあわせた中年の男勢津を彼女の目がとらえた。彼は有名な美術写真のキャメラマンだった。美術出版社につとめた恵子は、仕事の上でも彼と関係をもった。上野の美術館に写楽の版画を撮影に行ったり、奈良で仏像の写真を撮ったりするうちに、二人の心は接近した。彼が自分のういういしさにひかれているのを知った彼女は、彼の心にかなうような純情さを演技してみせた。そして奈良の森で彼と最初に接吻した日、夜に入ってたずねてきた喬平と、彼女は結婚しようと決心した。一人の男を愛しながら、別の男と結婚する女--そんな悲劇のヒロインになることが、彼女の心をわきたたせたのだ。東京の出版社に帰った恵子は、この悲劇をより面白いものにするために、見物人として坂本を選んだ。出版社に彼女を世話してくれたの...
国際港横浜--その夜、佑介は浅倉という麻薬売人の護衛をやることになった。浅倉の仲間橋口を加えて三人は買手の高野が経営するキャバレーセブンに集まる。が、問題の麻薬を高野の子分石井が浅倉の指定した隠し場所から運ぶ途中パトカーに追われた。高野は怒ったが、その手は何人かの男の写真をはりつけたカードをさりげなくもてあそんでいた。三人は引き揚げた。夜ふけ、街を行く橋口に死の銃弾が。彼は、俺は関東の麻薬官だ、トランプの写真に気をつけろ、と佑介に言って死んだ。翌日、浅倉はオトリになるのは許してくれと佑介に懇願した。佑介は実は関西担当の麻薬取締官で元密売人の浅倉をオトリに横浜へ来ていたのだ。橋口射殺を憤った佑介は浅倉を連れて“セブン”に乗り込み、用心棒の吉岡と対決した。吉岡の目に何か訴えるものがある、佑介は反撃の手をゆるめた。一方では浅倉が高野や子分にいためつけ...
田代玉吉は出版会社の社長で、家族は妻のみどり、長男の医大生雄吉、少々ひねくれ者だが自由奔放な次男信次、それに足のわるい娘のくみ子。女子大生倉本たか子は、くみ子の家庭教師であり彼女のアパートの隣室に、高木トミ子と一人息子の民夫が住んでいた。ある日、父の玉吉と話をしていた信次は、ふとしたことから自分が父と柳橋の芸者との間に出来た子であることを知った。数日後くみ子はたか子を誘ってある喫茶店に行った。彼女はくみ子の夢中になっているジャズシンガーが、民夫なのでびっくりした。正月の元旦、信次はたか子の話からトミ子が自分の実母であると感知して、アパートをたずねた。しかしトミ子は不在で、留守居の民夫は裕福そうな信次に反感を抱いて、彼を部屋に入れようとしなかった。母のみどりは信次のことを心配して、やさしく彼をなぐさめた。信次の心の中には、たか子への愛情が芽生えていたが...